1995年の世界女性会議。
北京は世界中の女性たちの熱気で燃えていた。
国会議員だった私は田中真紀子団長と共に、さまざまな会に参加したが、
離別母子のハンド・イン・ハンドの会主宰者としてもNGOの大会に出ていた。

日本からは民間の女性たち5000人もが参加し、ヒラリー・クリントンの演説を聞き、
女性の貧困や紛争、飢餓を撲滅し、平等と平和の実現に努力することを誓い合った。

あれから20年、女性差別撤廃条約批准から30年、女性参政権実現から70年。

今年は女性とって大きな節目の年。
8月21日、埼玉県嵐山の国立女性教育会館で、男女共同参画推進フォーラムが
開催され、クオータ制を進める人たち、福島原発事故を考える人たち、未だに続く
男女賃金差別に取り組んでいる人たちなどが全国から集った。

私も、1993年から20年以上続けてきて、100人ほどの国会議員・地方議員を生んできた
女性のための政治スクール」を紹介させてもらった。

女性に舵も育児も介護も押し付けたまま、仕事でも輝けとモーレツ女性を作ろうとしている
現政権の政策ではなく、性差年齢差を越え、一人一人が互いを尊重し合って生きていける
社会作りの中で、戦争化に歯止めをかけ、少子高齢社会を安心して生きていくために
女性の政治参加を促していこうという声が大きかった。

多くの女性達が長年にわたって、女性の地位向上に努力している姿に感動した1日だった。

あれから20年、30年、70年。今年は女性にとっての節目の年。