低投票率で盛り上がらなかった参院選が終わりました。これまでは、選挙が終っても、お世話になりましたと言うのも公職選挙法で禁止されていたのですが、改正によってやっと、ご報告とお礼ができるようになりました。

5月16日に国民民主党から公認を頂いてから約2ヵ月。全国が選挙区ですが、とても2ヵ月で全国を回れるわけがありません。比例の候補者は2~3年かけて、自分の所属する組織の全国にある支部を回って、政策を話し、個人名を書いてもらえるよう活動します。

私は全国にいるスクール卒業生や友人たちに出馬することを話し、支援を頼みましたが、「えーっ、もっと早く言ってくれれば。もう別の人に公選はがきのあて名書いちゃった」という人が大半。それでも、頑張って10人、20人とハガキを送ってくれる人が多く、ありがたかったですね。

そもそも、突然の出馬要請があったのが4月25日。何人かの人たちと話し合いました。

①出馬していることを全国の支持者に知らせる術がないも同然。時間がなさすぎるし、公営掲示板にポスターは貼れない。政見放送もない。

②国民民主党の支持率は低く、比例で勝てる数は3人くらい。そこに入るのは大組織の候補者である。

①②だけでも当選は無理。しかし、

・72歳の年齢にひるまず、実績を見て出馬要請をしてくれた党の心意気に応えるべきではないのか。党の支持率アップに貢献すべきだ。

・他の有名人に断られたからだとしても、1992年の最初の参院選もそうだったではないか。日本新党をつくった細川護煕さんも、著名人に出馬を断られ続けて円より子のところに来たのだ。

・安倍一強の改憲勢力を切り崩す貢献ができるなら、大風車に立ち向かうドン・キホーテになるのも悪くない。

ということで、当落を考えず出馬要請を受けることにしたのです。

当落を考えずと言っても、それなりの貢献はしたいのは当然。頑張りすぎて、やはり身体はガチガチ。最後は熱が出て、声が全く出なくなってしまいました。

スクール生たちが入れ替わり立ち替わり全国から来てくれて、最終日はみんながマイクを握ってくれ、私はニコニコ手を振って握手だけ。本当にありがたかったです。

公選ハガキにあて名書きして全国から送ってくれた皆様やツイッターやメール、電話で支持を訴えてくれた方々、また、私円より子の名前を書いてくださった方々、本当に本当にお世話になりました。

落選はしましたが、これからも子どもたちの未来を考え、また誰もが生きやすい社会を目指し、私は働いて参ります。

これからも子どもたちの未来を考え、また誰もが生きやすい社会を目指し、私は働いて参ります