「ハンド・イン・ハンドの会」会報誌250号記念対談
「脱!日本の女性の貧困」
ワーク・ライフ・&ケア・バランスのとれた社会へ

樋口恵子(東京家政大学名誉教授)
円より子(参議院議員、ハンド・イン・ハンドの会代表)

円:
ハンド・イン・ハンドの会を設立して今年で30年。樋口さんには、最初の頃からずっとご理解・ご協力をいただいて感謝しております。

樋口:
確か、嵐山での合宿にも参加させていただきましたね。

円:
ニコニコ離婚講座やハンドの会がスタートした頃は20〜30歳代だった会員たちも、今や50〜60歳代になって、また新たな問題が生じてきています。一昨年のリーマンショック以来、世界中の経済が低迷して、しばらく回復しそうにありませんから、ますます母子家庭を始め、子どもが巣立った後の独居女性や高齢者は、厳しい状況に追い込まれるのではないでようか。

 樋口さんは、ずいぶん前方高齢社会に視点を定めて、女性の足場に立って活動されていますね。

樋口:
ええ、「高齢社会をよくする女性の会」を立ち上げて27年になります。前人未踏の超高齢社会は、いよいよこれからが本番。みんなで知恵を集めて、自分たちで豊かな超高齢社会を創らなければなりません。平均寿命の長い女性が多数派になりますからね。やっと、私たちの時代がやってきたわけですよ(笑)。

母子家庭の2人に1人は“貧困”

円:
ハンドの会には、離婚に向けて悩んでいる人、調停中の人、離婚後の生活に困っている人、それらをみんな通過して会員の相談相手になってくれている人など、年齢も職業も立場もいろいろな人が参加しています。お話を聞くと、たいていのシングルマザーは毎日必死に働いて、子どもを高校や大学を出させて、その間、貯金はできないか、あっても使い果たしてしまって、自分の老後の蓄えなんてありません。離婚した母子家庭の持ち家率は 26%くらいですからね。離婚直後から、将来に渡って住み続けられるのかという住居への不安はすごく大きいんです。

 そして歳をとったら、年金の問題が出てきます。無年金だったり、国民年金の方が多くて、1カ月に2、3万円しか受給できない人もいますし、働き続けて厚生年金でも、男女格差が大きいですから、やはり受給額は少ない方が圧倒的に多い。働き続けたくても、50代後半から60代で再就職となると肉体労働しか見つからなくて、でも、体力は衰えていて…と、貧困の輪から抜け出せないようなところがありますね。

樋口:
昨年10月に発表された相対的貧困率※(06年)というのを見ると、日本国民の15.7%が、国内の平均的な所得水準を大きく下回る“貧困層”で、OECD(経済協力開発機構)加盟30カ国の中では、メキシコ、トルコ、アメリカに次いでワースト4だそうですね。日本人の7 人に1人が貧困というわけです。

円:
その数字が、母子家庭・父子家庭になると、54%(06年時点・厚労省)に跳ね上がるんですね。大学どころか、修学旅行にもいけない子どもが増えていて、貧困による“教育格差”も大きくなっています。

 昨年4月に「脱!日本の子どもの貧困シンポジウム」というのを、ニコニコ離婚講座の30周年記念で開催したんですが……これは若いボランティア50〜 60名が企画から運営まですべてやってくださった。その後も、子どもの貧困に光を当てた活動が続いています。

樋口:
「高齢化社会をよくする女性の会」で昨年、介護保険に関する全国アンケート調査を行ったんですが、そこでも貧困の問題が初めて引っかかりました。介護保険料を徴収された上に、たとえ1割でも負担するとなると、介護保険を使いたくても使えないという切実な声です。小泉改革の中で、日本中に失業者や非正規雇用者が増えたからだと思いますが、介護や医療を受ける上で経済的に困難だという例が、かなり報告されていますし、今普通に生活している人が自分自身の老後の介護や医療に不安を抱いているという声が高いんですね。そういう意味で、日本列島の貧困が、いろいろな場面で浮かび上がってきているように思います。

円:
実は、離婚の大半の根っこにあるのは“貧困”なんです。たとえば「配偶関係別貧困率」(07年・内閣府男女共同参画局)を見ると、死別・離別ともに女性の貧困率の方が男性よりも高いんですが、男女ともに離別の方が死別よりも貧困率が高い。また、死別した男性の貧困率は、全年代を通じてそれほど高くありませんが、離別した男性の貧困率は50歳代後半を境に、死別した女性を上回るんです。

樋口:
もともと貧困の要素があったから、離婚したということですか。

円:
そうなんです。

樋口:
母子家庭の貧困の問題も含めて、これからは「ジェンダーと貧困」「高齢化と貧困」「シングル世帯と貧困」と、“貧困”が非常に大きくて重要なテーマになっていきますね。

貧困が生む“健康格差”

円:
アメリカでは、乳がんの罹患率は白人女性の方が黒人女性より、かなり高いけれど、乳がんでの死亡率は黒人女性の方が高いという調査結果があります。

樋口:
それも、やはり貧困が原因なのでしょうね。

円:
日本では、そういう“健康格差”の実態については、ほとんど調べられていません。いくつか見つけた調査結果のうちの「日常生活に影響のある健康上の問題を抱える女性」(07年・内閣府男女共同参画局)によると、やはり貧困女性が健康上の問題を抱える割合が40歳代後半から急に増えているんです。

樋口:
これは、とても重要な調査ですね。50歳代前半では、貧困16.1%−非貧困10.3%と、グンと差が広がっています。

円:
昨年11月に厚労省が、生活保護を受けている母子家庭の生活実態に関するサンプル調査を行ったんですが、仕事がある母親は一般母子世帯81%の半分の42%。正規従業員の割合も一般母子世帯は32%ですが、わずか1%と、大きな差がありました。そして、無職の母親のうち 70%は健康状態がよくないと回答していて、これは一般母子世帯29%の倍以上もあるんです。

樋口:
私も一人親の経験がありまして、仕事をかけ持ちして1日16時間くらい働いていましたが、幸いにも主たる仕事が安定雇用で、きちんとした医療保険制度がありましたから、自分も子どもも医療費の心配がありませんでした。これは大きかったですね。非正規雇用だと、健康診断の機会もありませんから。

円:
私も自由業でしたから、非正規雇用のようなものです。娘が小さい頃は、どんなに体調が悪くても、娘の世話をしてから仕事に出かけなければなりませんでしたし、仕事自体も休めない。病院へ行く時間もとれずに、仕事に行く途中で倒れたこともあります。

樋口:
「所得金額別入院者・通院のいる世帯数」(07年・厚生労働省)を見ると、所得が低いと通院者数が少ないですね。通院するお金もない、システムがない、という中で、健康からこぼれ落ちていく。特に母子世帯の方の問題は深刻です。貧困は、平均寿命に絶対に影響があると思いますね。

フレキシキュリティで柔軟な働き方を

樋口:
ハンドの会を始められた30年前と今と、法制度はできても女性の労働環境はあまり変わっていませんね。男女の賃金格差はあいかわらずだし、非正規雇用の比率はむしろ増えています。30年前の方が、ましだったかもしれません。

円:
そうなんです。あの頃はバブル崩壊の少し前で、みんなまだ右肩上がりに経済が成長し続けるものだと思っていました。パートの仕事しかなくても、頑張れば正社員になれるという夢があった。だから、頑張れたんですね。

樋口:
夢と希望がありました。それが今は、正社員であっても、いつ非正規雇用になるかもしれないという不安がある。日本のデフレ状況の中で、雇用全体が劣化していき、ますます夢も希望もない状況のところに押し込められていっています。

円:
EUでは「労働時間差差別禁止法」※がかなり前から施行され、それが成功しているのが、オランダとデンマークです。「フレキシキュリティ」※という制度があって、パートタイムもフルタイム社員も、ただ働く時間が違うだけで、他の待遇はすべて一緒なんですね。健康診断も受けられる、有給休暇もある、年金や健康保険なども差別がありません。

 そうしたら、それまで専業主婦だった女性たちも、みんな働きに出るようになった。そのかわりにパートナーの男性が働く時間は少なくして、2人で足して2の時間を使って2の収入を得るのではなくて、時間も収入も2人合わせて1.5くらいにする。そうすると、子育ての時間もあり、地域で困っている人の手助けもできるし、自分たち個人の生活も豊かにできる。そういう形にしたら、今、ものすごく個人消費が増えているのだそうです。

樋口:
オランダでワーク・シェアリング制度が導入されてから、2002年だったと思いますが、日本の招待でヨーロッパからジャーナリストがやってきたのですが、オランダから来た女性がまさにその例でした。40歳くらいで、結婚して10年以上、仕事が好きだから子どもは持たない選択をしていたそうです。それが、この制度のおかげで正社員のまま、夫と妻がそれぞれ70〜75%くらいの収入を得る働き方ができるようになった。収入は少し減るけれど2人合わせれば十分です。なにより、そのくらいの働き方だと時間に余裕ができて、必ず夫婦どちらかが子どもと一緒に家にいられます。「子どもが1歳半くらいまでは親がそばにいるべきだと私は考えていたので、この制度のおかげで子どもを産めました」と言っていましたね。

円:
そして、子どもが1、2歳までは家にいても、またフルタイムの仕事に復帰できるのも素晴らしい。そういう形で、夫婦で生活も育児も楽しみながら、ちゃんと正当な権利としていろんな待遇が受けられれば、子どもを産むことに、そんなに不安はないと思います。

樋口:
そうですね。オランダやデンマークが、特に経済に窮しているという話も聞きませんし。

円:
日本で個人消費が増えないのは、将来や老後への不安が消えないからでしょうね。

女性が生きやすい制度が人間を幸せにする

樋口:
子どもを産む側の女性に合わせた制度・政策にすれば、男性も幸せになれる、というのが私の持論です。今、中高年の男性で、親や妻の介護のために退職する人が増えています。でも、たとえばあるデパートの例ですが、女性が主力の職場だから、正規雇用で勤め続ける女性のための勤務シフトが6つくらいあって、それを上手く利用すれば、男性も辞めなくてもすむわけです。1日おきとか、1日6時間とか、4時に帰るとか、子育てや介護の都合に合わせて、働き続けることが可能なんです。

円:
それは男性も利用している?

樋口:
ええ、これまでは100%女性の利用でしたが、それを活用して、くも膜下出血の後遺症が残った妻の介護をしている男性を知っています。給料は減ったけれど、そこそこ食べられるし、年金にカウントされるし、ボーナスや退職金も出ますから定年まで働き続けるそうです。

円:
女性が仕事を辞めなくてもよい制度がたくさんできて、その上に、男性が乗っかればよいわけですね。

樋口:
男性の問題も見落としてはいけないけれど、やはり、貧困は女性のものなのですよ。私は「人生100年は女の滑り台、三度傘」と言っているんですけれどね(笑)。女性の貧困の第一の滑り台は、まず「妊娠」して7割が仕事を辞めていく、というか辞めざるをえなくなる。

円:
楽しいお祝いごとですのにね。

樋口:
いまみたいな状況の中では、一旦、正規雇用からすべり落ちたら、男性だってなかなか正規雇用にもどれません。第二は、全体の8割がサラリーマンになりましたから、夫の転勤とか離婚ですね。第三は、親の介護です。いくら、介護する男性が増えたといっても、介護のために仕事を辞める人の8割以上は女性ですから。三度傘っていうのは、この三度の滑り台に、ちゃんと傘をさしかけていく仕組みや制度のことです。フレキシキュリティのような…。

円:
労働市場の柔軟性を確保しなければいけませんね。
 

貧乏・ばあさん・防止計画!

樋口:
私はずいぶん前から、21世紀の半ばは“おばあさんの世紀”だと言っています。人口予測では、アラウンド2050年には 65歳以上人口がほぼ40%、そのうち6割以上が女性ですから、総人口の4人に1人が65歳以上の女性になるわけです。

 私はよく「老婆は1日にしてならず」と言うのですが、高齢になってから急に貧しくなるわけではなく、若い頃から、特に雇用を中心とした社会のあり方のツケを回されて、結果として貧乏になるわけです。女性の非正規雇用が目立つ、男女の賃金格差が最も高い国ですからね、日本は。

円:
私はまず、雇用の安定を図るために、フレキュシキリティのように、ただワーク・シェアするだけではなくて、きちんと待遇を同じにする制度を作って、個人消費を増やしたいと考えています。  

 もう一つは、教育ですね。母子家庭には、家庭教師どころか塾に通わせる金銭的な余裕はないし、親が教えられるような時間の余裕もありません。その結果、どんどん子どもが落ちこぼれていって、卒業はしても学力がなく、就職先も製造業の派遣などになって、また不安定雇用で貧困が連鎖していきます。そういう子どもたちに、ネットワークなどを作って、余力のある人が教えて、とにかく食べていけるだけの力をつけさせることが、とても大事です。

人生100年社会を生きる知恵

樋口:
70歳以上の雇用は、この不況の中に広がっているんですよ。

円:
おにぎり屋さんなんかで深夜労働している方も、たくさん知っています。

樋口:
現状はさておき、理念としたら、人生100年社会になったら、80歳でも90歳でも身体が利く間は働かなかったら、この社会はもっていきません。ワーク・ライフ・バランスと言いますが、病気になったり介護が必要となったり、ケアが必要な時間が長くなります。また、ケアといっても、狭義の介護だけじゃありません。子育てや医療を含めて、一時的に誰かの手を借りるという意味も含まれますよね。だとすると、人生100年になったら、ケアも加わって「ワーク・ライフ&ケア・バランス」という三位一体とならないとやっていけない。社会全体が、常にケアという回路を持つことが必要になります。

円:
性的役割分業で言うわけではありませんが、ケアは比較的、男性よりも女性が手馴れている分野でもあります。

樋口:
そう。だから、そのケアの部分がきちんと社会の中で見直されて、一定程度の報酬を得られるように位置づけされれば、私はその分野に、中高年からトレーニングして十分に需要があると思う。

円:
昔で言う家政婦さんのように、頼まれて週に何日か通うような・・・。

樋口:
基礎教育があって、勉強がそう苦手でもなくて、身体はよく動くという人であれば、なんとしてでもヘルパー2級か介護福祉士の資格をとって、人の家に行って、身体の利く間は働く。BBBPです(笑)。

円:
死ぬまで働いて、ばったり倒れて死にたい、という方が圧倒的に多いですよね。ただ、そのためには、安定して死ぬまで住める住居が必要です。介護が必要な状態になったときのためにも、何人かの仲間と暮らせるような場があるといいですよね。

 女性は、住むところさえあれば、小額の収入でも身奇麗に豊かに暮らす術を見につけています。低額で、人間の尊厳が守られて、安心して住み続けられる住居について、これから一緒に考えてまいりましょう。

樋口:
貧乏ばあさんの発生源の最たるものは、やはり母子世帯の母親だとは思います。でも、1万人を対象にしたある疫学的な調査によると、男性は妻に先立たれると寿命が短くなるのに、女性は「夫が生きている」ことが寿命を縮めているのですって(笑)。その意味で、離婚した女性は、夫というストレスがないわけですから、そのよさを生かして女同士の横のつながりを作って、助け合って楽しく生きて欲しい。

円:
とても明るい気持ちで、お話を締めくくることができました。今後とも、お知恵をお貸しくださいね。今日はありがとうございました。

※「相対的貧困率」

国民一人一人の所得を順に並べ、真ん中の人の所得額(中央値)の半額(貧困線)に満たない人の割合をいう。06年時点で、中央値は228万円、貧困線は114万円。一人親家庭については、03年時点は58.7%で、OECD加盟30カ国中、最悪だった。

※「労働時間差差別禁止法」

労働時間の違いを理由とする差別は、客観的に正当化されないかぎり禁止され、これに反するいかなる取り決めも無効とする法律。オランダではパート労働者を増やしワークシェアリングを促進するため、1996年に立法化された。

※「フレキシキュリティ」

Flexicurity。柔軟性(flexibility)と安全保障(security)の合成語。北欧で行われている政策で、解雇規制の緩和、手厚い社会保障からなる制度。この政策では企業は従業員を解雇しやすいが、手厚い失業手当て、充実した職業訓練などにより、雇用者、被雇用者どちらにもメリットがある。

樋口恵子さん(東京家政大学名誉教授)「脱!日本の女性の貧困」ワーク・ライフ・&ケア・バランスのとれた社会へ 〜「ハンド・イン・ハンドの会」会報誌250号記念対談〜