「玉川上水事件」

先日、女子大生300人を前に話をしてきました。母校の津田塾の准教授、社会哲学者萱野稔人(かやのとしひと)さんの授業の一環。これが津田の卒業生の先生だったら、劣等生だったはみだしの私を講師になんて招ばなかったんじゃないかなぁ。

なにせ、授業の舞台は40年以上も前の入学式で私が遅刻した因縁の特別教室。壇上で学長先生が挨拶している近くのドアから、下を向いて恐縮しつつ入った私。でも階段教室なので全生徒・全教師の視線が集中。入学早々から札つきになりました。

三億円強奪事件(※1)で一躍有名になった府中街道に面している我が母校は緑豊かな美しいキャンパス。でも交通が超不便なんです。当時は電車の本数も少ない。私なりに頑張るんだけど遅刻してしまう。

西武新宿線の東村山駅とJR中央線国分寺駅との間を走る電車は単線で、その鷹の台という駅から私は通っていました。大学と反対側にある駅の改札を出て線路に沿って歩き踏切を越えて玉川上水(※2)沿いの細い道をたどると府中街道に出る。これを改札を出ずに線路上を歩くと、まあ3分以上は早く大学に着く。どうせ単線で10分以上電車は来ないんだし。。。

というわけで、改札に向かって、「おじさぁん、ごめん、見逃してね」と叫んで線路を走る。
こらぁ、こんな津田塾生は初めてだあ」と怒鳴られたけど、人がほとんどいない、のどかな時代でした。

この通学路で事件が起こったんです。

これは図工の成績の悪かった私(円)の手描き。わかるかしら?

夏の夕方7時。まだ明るい時間なのに玉川上水のまわりはうっそうと木が生い茂っていてけっこう薄暗い。

それに私が在学していた当時は上水の片側だけに細い道があって(反対側は林と畑)、一戸建ての住宅が並んでいますが、30メートルおきくらいに小さな街灯があるだけ。

広い府中街道からの、その駅へ向かう暗い道に入るところには、右角に公衆電話ボックス、左に3メートル程のところにオレンジ色の街灯(誘蛾灯っていうのかな?)が立っている。その下に一人の背の高い若い男が作業着姿で立っていた。

こんなところで何をしているんだろう。駅へ急ごうと細い道に入るとその男も動いた。私と10メートル程離れて後から歩いてくるんです。嫌な予感がしました。

右側は玉川上水。駅の方から人は来ません。変な人だったらどうしよう。ドキドキしました。走ったほうがいいかな。でも変な人じゃなかったら、突然走るとおかしいかな。その時、街灯の灯りが小さく暗いスポットが…。私は咄嗟に走りました。するとすごい勢いで後の男も走ってくるではありませんか。

あぶない!」身の危険を感じました。必死でダッシュ。ところがもう男が真後ろに迫ったんです。今でこそ私はパンツスーツ姿が多いですが、その時はタイトスカートにハイヒール。大股で走れない。

男が私の左手を掴んだ。「ギャアー、助けてー」私は全身の力で叫びました。

第1回はここまで。
次回8月28日の「強姦罪は強盗罪より軽い?」 ②
「vol.2 犯人が『助けてくれー』?」に続きます。

<脚注>
※1 三億円強奪事件
1968年12月10日東芝電気府中工場の4500人分のボーナス3億円(294,341,500円)を狙った用意周到な現金強奪事件。1975年12月10日、公訴時効が成立(時効期間7年)。1988年12月10日、民事時効成立(時効期間20年)。日本犯罪史に名前を残す未解決事件。

※2 玉川上水
かつて江戸市中へ飲料水を供給していた上水であり、江戸の六上水の一つである。一部区間は、現在でも東京都水道局の現役の水道施設として活用されている。また、1948年6月13日太宰治が愛人の山崎富栄と入水自殺を図ったのが玉川上水だった。

 

vol.1 『強姦罪は強盗罪より軽い?』 ① 「玉川上水事件」