履歴書を持って訪ねた会社では、津田の先輩たちが一応会って履歴書を預かってくれましたが、私は父から仕送りを止められ、新宿への交通費も底をつきました。仕方なく今度は神奈川県の保土ヶ谷にあった伯母の家に居候してお金を借りました。もちろん働いて返すつもりで、新聞の求人案内欄に載っていた広告会社に電話し、その日のうちにアルバイトとして働き始めました。広告会社というとカッコいいですが、私が見て応募した、まさに新聞の求人案内欄に三行広告を採る会社です。

その日一緒に採用された二人の女性と小さな部屋で机を並べ、渡されたリストの商店や工場に電話。

「求人のご予定はありませんか。うちで出せばすぐいい人材が集まります」。

お昼休みになり、新人三人で近くのラーメン屋に入った時は、たいした仕事もしてないのに三人とも異口同音に

「ぜーんぜん広告とれないわねえ」
「しゃべるのって難しいのねえ」
「やっていけるかしら」
と冴えない表情。

その広告会社の住所は千代田区。千代田区というと皇居や国会のあるところ。かっこいい広告会社を想像して行ってみると神田のガード下。確かに千代田区ですが、イメージとのギャップにまずがっくり。アルバイトといえば家庭教師しかしたことがなく、働いて交通費返すからと伯母に大見栄切ったものの、ここでやっていけるか半日で不安になりました。

ラーメンを食べ終わって午後の仕事に戻るまでに、私は本来の就活をしようと10円玉を握りしめ公衆電話ボックスに入りました。すると講談社の編集部で先輩の一人がつかまったのです。そしてすぐに会ってくれることに。

「そんな三行広告取りなんかしてないですぐいらっしゃい」
という先輩の威勢のいい言葉に背中を押され、広告会社の社長さんには
「午前中の時給はいらないので辞めさせて下さい」
と断って講談社へ。

待ち合わせは隣のリビエラという喫茶店でした(この間タクシーで通ったけど今は無いようですね)。私より20歳近く年上のその先輩は講談社に勤めていたわけではなく、フリーでいろいろ仕事をしていて、週に一度くらいしか来ないのに、つかまったのは運が良かったというしかありません。

「さあ、運が良かったかどうかわからないわよ」と彼女は笑い、喫茶店から電話をして一人の男性を講談社から呼び出しました。

第9回はここまで。
次回10月23日の「劣等生の就活」④
「Vol.10 力道山未亡人の再婚話」に続きます。

vol.9 『劣等生の就活』 ③「神田のガード下で広告取り」