1968年10月発行された「ヤングレディ」の表紙。

「ヤングレディ(※1)の編集のTsuさんよ」

初めて会った津田の先輩が女性週刊誌の編集者を紹介してくれました。
二人に面接(?)を受けた後、
「女子大生にできるかなあ。まあ、澁澤幸子の推薦なら断れないな」とTsuさんは笑い、
「とりあえず力道山(※2)の未亡人が再婚するらしいという噂が入ったからそれを追ってみろ」
と言いました。

「力道山?」「未亡人?」

チンプンカンプンの私に「一週間後にまたおいで」とTsuさんは言い、「仕送りとめられてるんじゃ大変だな、取材費に使え」とポンと一万円を渡してくれたのです。

当時の大卒の初任給は二万ちょっとという時代ですから、一万はなかなかの大金です。いえ、なかなかどころではない。学生にとってはすごい大金!

さあ、何でもやりますと言ったものの、ヤングレディなんてそれまで一度も読んだことがありません。女性誌に全く興味がなく、週刊誌といえばインテリ風にアサヒジャーナル。いえ、それより「巨人の星」や「明日のジョー」などで有名な少年マガジンしか読んでなかったので、困りました。ベストセラーは読まないなんて気取っていた私も「明日のジョー」には夢中でした。元々、漫画大好き。

さてさて力道山は知っていても未亡人の再婚話なんて雲でもつかむような話です。

「この子見込みありそうよ」
と言ってくれた幸子さんはあのマルキ・ド・サドを日本に紹介したフランス文学者澁澤龍彦氏(※3)の妹ということも初めて知りました。知的で、かつ凛として怖そうなこの人の期待を裏切れない。それに女性週刊誌なんて今までバカにしていたけれど、Tsuさんのように男っぷりが良くて優しくてポンと取材費まで出してくれるような人が作ってるんだと驚き(私って昔から単純でした)、とにかくここでギブアップはできないと思いました。

でも、保土ヶ谷に帰る電車の中で、女性週刊誌くらい読んどきゃよかった、未亡人ってどこにいるのか何をしてるのかくらい聞けばよかったと後悔しました。知ったかぶりして何も聞けなかったのです。

その日、伯母さんと従妹との夕飯の時、「困った」と話し出すと、伯母さんが「あら、未亡人のお父さんって確か警察の人だと思うわよ」と言います。そこからまず未亡人のお父さん探しが始まったのです。

第10回はここまで。
次回10月30日の「劣等生の就活」⑤
「Vol.11 未亡人の父親を探して」に続きます。

<脚注>
※1 ヤングレディ
女性向け週刊誌として昭和38年9月23日に創刊。昭和62年3月10日に休刊。

※2 力道山
元関取・プロレスラー(1924年-1963年)
大相撲の力士出身。昭和15年から25年まで二所ノ関部屋に入門し、相撲力士として活躍する(最高位は関脇)。四股名も「力道山」。第二次世界大戦終了後に日本のプロレス界の礎を築き、日本プロレス界の父と呼ばれている。当時始まったテレビ放送の力もあり絶大な人気を誇った。

※3 澁澤龍彦
フランス文学者、小説家、翻訳家(1928年5月8日-1987年8月5日)
マルキ・ド・サドの翻訳、紹介者として知られている。
1981年に小説集『唐草物語』は第9回泉鏡花文学賞を受賞。
1988年に遺作となった『高丘親王航海記』が読売文学賞を受賞した。

 

vol.10 『劣等生の就活』 ④「力道山未亡人の再婚話」