降りてきたのは「えっ力道山?」と思うほどの堂々たる体躯の男性でした。
「何か用かな」
ぼおっと立っている私をいぶかしそうに誰何しました。
「はい、力道山の奥様のお父様でしょうか」
「そうだ、何だ、君は」
「お嬢様が再婚なさるという噂があって、お話をお聞きしたいと思って」
「週刊誌か」
「はい、講談社のヤングレディという女性週刊誌です」
「ヤングレディ?あの、くだらない週刊誌だな。帰ってくれ、何も話すことはない」
「再婚なさるって本当なんですか」
「知らんよ、そんなこと。帰れって言ってるだろ、うるさいやつだな」
「すみません。でもお返事をいただくまで帰れないんです」
私は必死でした。やっと探しあてたのに追い払われてなるものかと思いました。
「私の初めての仕事なんです。これが採用試験なんです」
泣き落とし戦法ですね。実際、泣きたい思いでした。
「ふん?ヤングレディの記者じゃないのか」
「記者だからきたのですが、初仕事です」
「ふだんは何やってるんだ」
「大学生です」
「どこの大学だ」
「津田塾です」
津田塾と聞いて彼の表情がさきほどとは明らかに変りました。
津田塾の威力ってあるんだなあと思いました。
「なんで津田塾生がこんなバカな取材やってるんだ」
口調がちょっと優しくなっています。
「やっと見つけた仕事なんです。お話が聞けないと雇ってもらえないんです」
「ふーん、変な奴だな、ま、入れよ、じゃあ」

その男性は玄関脇の広い応接室に私を案内してくれました。ソファは大きい革張り、調度品も何もかも大きい部屋で私は待ちました。男性は「そこで坐ってろ」と言って出ていったきり、全然戻ってきません。家人もいないらしく、誰かがお茶を持ってきてくれる様子もありません。たとえお手伝いさんがいたって、うるせえ、帰れと言った人間に、まあ、お茶が出てくると思う私がおかしいのですが、暑いところを歩いてきたから喉がカラカラ。今みたいに駅に自動販売機はないし、便利なペットボトルもなかったし。

入れといわれてノコノコ家にあがったものの、未亡人の父親とはいえ、初対面のこわもてのおじさんと二人だけなのかと思うと、喉はさらにヒリヒリ乾き、脇下には冷や汗がでてきて…。でも一方では、これで再婚話が聞けると思うと、どういう段取りで話すべきかと必死で考えていたのです。21歳の夏のことでした。

2012年6月、津田塾の前で、准教授で哲学者の萱野稔仁さんと。

 

第12回はここまで。
次回11月13日の「劣等生の就活」⑦
「vol.13 データマンに合格」に続きます。

vol.12 『劣等生の就活』 ⑥「津田塾の威力」