「日本初の心臓移植手術」

9月に入り、伯母宅から大学の寮に戻った私は、週刊誌のデータマンと学生の二足のわらじをはくことになりました。週に一度の編集会議に初めて出て緊張したのですが、10分で終了。

えっと思う間もなく、「行くぞ」と車に乗せられました。10人ほどの事件班のうちの一人Taさんが「しょうがねえなあ」という顔で私をアシスタントにしてくれたんです。
「どこへ行くんですか」「さっき聞いてただろ。心臓移植の心臓を提供した奴の家だよ」
「はい」

北大の和田教授(※1)が日本で初めて心臓移植手術をして、世の中はその話で持ち切りでした。ヤングレディの事件班の何人かはもう札幌に飛んでいましたが、Taさんは心臓を提供した側の担当で、私が助手についたわけです。

めざす家の近くに車を停め、待つこと30分。何かテレビでよく見る警察の張り込みみたいです。
「おっ出てきた。彼に、提供者はどういう人だったか聞いてこい」
私は助手席からあわてて車外に出て、その家から出てきた高校生らしい男の子を追いました。何度かそういうことを繰り返すうち、秘されていた心臓の提供者の素性がぼんやり見えてきました。

そうこうするうち、
「そろそろ行くか」とTaさんが言います。
「どこへ」
「提供者のうちに決まってるだろ」
彼はちゃんと黒っぽい服装です。二人で神妙な顔でご焼香をすませ、もっぱらTaさんが親族の人たちと話して車に戻りました。私はずっと黙っていました。もともと黒やグレー系の服装が好きでよかったとほっとしていましたが、焼香の手順とかわからずあわてました。その後も事件班の取材はなんと通夜や葬儀に行くことが多かったことか。

「腹減っただろ」Taさんが、とある開店前のスナックへ連れて行ってくれました。そういえば昼を食べそびれていました。「母ちゃんだよ」と紹介してくれたママはTaさんの奥さんで「まあ、うちの人について取材だったなんて大変だったわね。必要最小限のことしか言わない人だもの」とおいしいスパゲティを作ってくれました。「こんな仕事につきたいなんて変ってるよな。どうせすぐ辞めるんだろうが、さっきの聞いたこと、すぐまとめておけ。どうせ使い物にならないけどな」「はい、すぐまとめます」

奥さんは「口は悪いけど根はやさしいのよ。気にすること無いわよ」「はい」「お前よけいなこと言うな。Tsuさんが俺につかせたのは、やめさせるためだと思うぜ」「そうねえ、こんなお嬢さんが入る世界じゃないわね」
事件班の10人は20代後半から30代前半くらいにみえましたが、みんな何かやりたいことがあって、でも食べていくために週刊誌のデータマンをやっているようでした。

第14回はここまで。
次回11月27日の「劣等生の就活」⑨
「vol.15 国会で臓器移植法案に関わる」に続きます。

<脚注>
※1 和田教授
和田 寿郎(わだ じゅろう)(1922年3月11日-2011年2月14日)
日本の心臓血管外科医。札幌医科大学名誉教授。ワダ弁(人工心弁)の開発や、1968年8月8日「和田心臓移植事件」として様々な疑惑が浮上する日本初の心臓移植手術を執刀したことで有名な医師。

 

vol.14 『劣等生の就活』 ⑧「日本初の心臓移植手術」