TsuさんとデスクのYさんに出入り禁止といわれると、「やれやれ、編集会議がこれでまた短くなって助かるな」などとみんなニヤニヤしています。
「どうして出入り禁止なんですか。私の取材がダメだからですか」食い下がりましたが、
「あのな、お前、ちゃんと卒業論文書いて、卒業してから一人前の口を聞け」と言われてしまいました。

「昼でも食おう」
と事件班の中では一番私に年の近いBさんが、みんなで良く行った近くのとんかつ屋に誘ってくれました。
「みんなホントはより子がいなくなると寂しいんだぜ。だけどこのままお前が卒業もしないでこんな仕事続けちゃよくないって心配していて、あれはTsuさんだけの意見じゃなくて、みんなでな、出入り禁止にしようってことになったんだ。卒業論文書けてないんだろ」
「うん」
「ちゃんと書いて卒業しろよ」
「・・・・・」
「みんなの好意を無にするなよ」
「・・・・・」

事件班の人たちはその仕事に入ってくるまでどこで何をしていたのかなど、誰も互いに聞いたりしません。特に私は何も知りませんでした。でも、アポ待ちでたまたま喫茶店で4~5人たむろすることがあると、話しているのは政治哲学や文学で、まるでヤングレディで取材していることとかけ離れているのです。グラムシ(※1)だとか、トリアッティとかの名前が飛び交い、「お前、グラムシなんて虫いたっけという顔してるぞ。一生仕事したいというならもっと勉強して教養を身につけろ」と良く言われました。

彼らは京大や早大の露文、中央大の法学部などを中退しているらしく、なぜ中退かといえば、60年安保闘争のせいのようでした。世間でいう「まともに卒業」して「一流会社」にも入れたでしょうに、安保闘争の時代が青春とぶつかり、とても体制の側で働く気にはならなかったのでしょうね。どの人にも影があり、またその影が、21歳の学生運動もしたことのない、何も知らない私には魅力的でした。

「みんないい人よ」と私が言い張っても、そういう「はぐれた人」たちと一緒にヤングレディのデータマンをしている私を父は心配し、経済で有名だったダイヤモンド社の試験があるから受けろと言ってきました。

ここの二次試験は面白かった。一次を受かった人たちをPTAの会合のつもりで子どもたちの非行問題についてグループで話し合わせるというもので、ほとんどが男子学生で、多分女子は私一人だったと思うのですが、もともと入社する気はないので、社長や重役が周りにいても気後れも緊張もせず、会合を楽しくリードして、合格してしまいました。

そのダイヤモンド社入社も蹴ってデータマンをしている私を事件班のお兄さんたちは、親心から「出入り禁止」にしたのでした。

第18回はここまで。
次回1月1日の「劣等生の就活」⑬
「vol.19 優しすぎる男たち」に続きます。

<脚注>
※1 アントニオ・グラムシ(1891-1937 イタリアのサルディニア島出身)
資本主義圏最大の共産党である、トリアッティ率いるイタリア共産党の理論的基礎をきずいた革命家・理論家。

vol.18 『劣等生の就活』 ⑫「出入り禁止」