ダイヤモンド社に断りの電話を入れた私に人事部長が驚いて「会いに来てほしい」と連絡してきました。それなのに私は結局入社しなかったんです。経済にアレルギーというか誤解があったと思います。

その後、30代初めにニコニコ離婚講座(※1)を主宰したことで、全国各地から悩みを抱えて講座に参加する人が何千人にものぼり、その人たちのケースから、人と人の関係性に「経済」が深く関わることを痛感し、「経済」の重要性を認識しました(遅きに失しましたが)。夫婦で経営していた町工場が、銀行の貸し渋り・貸しはがしにあって倒産したり、夫がリストラにあうケースが多く、どんなに愛しあって結婚し子どもまで生まれたケースでも、深刻な経済的破綻が互いの関係性を破壊していくのです。その時の経験が、後年、国会で財政金融委員会に所属する一因となったともいえます。しかし当時の私は人と人の間の愛や葛藤や人生どう生きるべきかのほうにしか関心がなかったのです。もちろん大学で夢中になっていたシェイクスピアにも、「経済」というものはでてきたのですが。

ダイヤモンド社でも、「人には関心あるんですが、経済が面白いとは思えないんです」と生意気なことを言いました。「経世済民」(※2)ということも知らない愚かな人間でした。でもその私に「君のやりたいような雑誌を発刊することになっているからその部署につけることができるよ」「君の父親だったら、縄をつけてでもヤングレディを辞めさせてうちに来させるけどな」とまで人事部長さんは言ってくれたんです。

それにしても力道山の未亡人K子さんの父上も、ダイヤモンド社の人事部長さんも、そして女性週刊誌ヤングレディの事件班の人たちも、みんな親身に私のことを心配してくれました。私の人生は幸運なことに、いつもいい人たちに出会えてきました。せっかく出会えてもなかなかその人たちの言うことを聞かないあまのじゃくでしたけどね。

ところが事件班のお兄さんたちの「出入り禁止」には素直に従い、3ヶ月間、猛勉強で卒論を書きあげ、無事卒業したんです。そして再びヤングレディ事件班に復帰していたら、「明日、試験があるんだけど、まだ入社する気ある?」と大学の先輩からの電話。
夏休み中、新宿の喫茶店から津田の先輩に電話をかけまくり、会いに行って履歴書を置いてきたうちの一人からでした。
「ヤングレディで仕事していて面白いから」といいましたら、「お昼ごちそうしてあげるから、とりあえず受けに来なさいよ」といいます。それがジャパンタイムズだったのです。

第19回はここまで。
次回1月8日から新シリーズ「北欧との出会い」①
「vol.20 プレスの腕章をつけて」に続きます。

<脚注>
※1 ニコニコ離婚講座
1979年3月、円より子(まどかよりこ)が主宰する母子家庭の母親の支援ネットワーク「ハンド・イン・ハンドの会」の母体となる「ニコニコ離婚講座」をスタートさせた。
当時は今以上に離婚して女性が経済力をもつことが困難で、悩んでいる人が多く存在していた。また、離婚が社会問題と捉えられず、個人の人格欠損の結果のように捉えられる風潮が強かったため、正確な情報が入手困難だった。離婚するにせよ、しないにせよ、離婚後のことをしっかりと意識した上で 「離婚」を考えることが、自分の生き方や家族のあり方を見つめ直すきっかけの場として講座が始まった。それは、男性の働きすぎや固定化された性別役割分業など社会を変える契機ともなっていった。

※2 経世済民(けいせいさいみん・中国の古典に登場する)
「世を經(おさ)め、民を濟(すく)う」
世の中をよく治めて人々を苦しみから救うこと。また、そうした政治をいう。「経」は治める、統治する。「済民」は人民の難儀を救済すること。「済」は救う、援助する意。「経世済民」を略して「経済」という語となった。

vol.19 『劣等生の就活』 ⑬「優しすぎる男たち」