ギリシャに端を発した欧州の金融財政危機から、日本の通貨「円」が高くなって、1ドル80円前後を行き来していたのですが、2012年末の政権交代後、少し円安になっていますね。それでも、昔に比べると、ずいぶん円は強くなっています。私がジャパンタイムズに入ったのは1ドル360円の時。ニクソン・ショック(※1)の前年です(年がわかりますねえ)。海外への持ち出し制限額というものがあるし、航空運賃(※2)はべらぼうに高い。海外旅行は高嶺の花の時代でした。「トリスを飲んでハワイに行こう」(※3)というサントリーのCMが流行ったりしていて、とにかく外国にはそうそう行けなかったのです。

私がすんなりジャパンタイムズに入ったのは、もちろん、ヤングレディ事件班のお兄さんたちが異口同音に「一生仕事するつもりなら、一度はまともな会社に入って正社員になっておけ」「日本はやり直しのきく社会じゃないから」と口をすっぱくして勧めてくれたこともありますが、取材で海外に行けるはずという甘い期待もあったからです。

万博取材の翌年、私は政府の関連団体の派遣で「一か月、北欧で現地の社会情勢を視察し、同世代と交流するため、20代の男女を募集」という記事を読み、すぐにその団体に取材で同行したいと交渉に入り、了解を得ました。但し、費用の半額は新聞社がもつようにという条件。これは私の給料の4倍です。取材なら無料で同行できると思っていたのに、これは大変。一か月の海外取材と同時に費用の捻出も会社に頼まなきゃならない。どう切り出すのがいいのか。

ある日、編集長を銀座ソニービル最上階のイタリアンレストランに誘って取材に行かせてほしいと切り出しました。
「何か魂胆があるなと思っていたらそういうことか」と編集長は笑い出し、「行かせてやりたいけどね。うちの会社はこれまで女性に海外駐在や取材をさせた例はないんだよ。これまでも優秀な女性たちがいたが、みんな、仕事を辞めてから海外に行ったよ。」
男女雇用機会均等法(※4)ができたのは1985年。それより15年も前のことでした。

津田塾大学の時の友人たちがよく連絡をしてきて、昼休みに食事したり、退社後に銀座や新宿で待ち合わせることがありました。
「もうお給料日のたびに腹が立つの」
「どうして」
「私の方が仕事ができると思うのに、男だというだけで彼らのほうがお給料が高いのよ」
私よりずっと優秀で一流企業に就職していた友人たちですが、差別に怒っていました。昇給も昇進も男性との差が歴然としている。その後、私の友人たちは馬鹿らしくなって結婚退職するか、外資へ転職していった、そういう時代だったのです。

第21回はここまで。
次回1月22日の「北欧との出会い」③
「vol.22 通信機器が急速に発達」に続きます。

<脚注>
※1 ニクソン・ショック
リチャード・ニクソン大統領が1971年8月15日にアメリカ合衆国のドル流失を防ぐため、それまでの固定比率によるドル紙幣と金の兌換を停止したことによる、世界経済の枠組みの大幅な変化を指す。ショックと呼ぶのは、この兌換停止はアメリカ合衆国議会にも事前に知らされておらず世界経済に極めて大きな影響を与えた。
第二次世界大戦後の通貨の枠組みであった固定相場制度であるブレトン・ウッズ体制の終結。これを受け、1971年12月通貨の多国間調整と固定相場制の維持のためスミソニアン協定が結ばれたが、長続きせず1973年2月以降日本を含む先進各国は相次いで変動相場制に切り替えた。

※2 航空運賃
東京-ロサンゼルス間 片道 370米ドル(133,200円)
(※『運輸白書 昭和47年版』(運輸省)p.362~363 1971年のデータ。)
1971年 360(円/ドル)
1971年12月1日~343円(円/ドル)、12月20日~308(円/ドル)
(ニクソン・ショックによる多国間調整による通貨の変動があった。)
<1970年当時の貨幣価値>
学生アルバイト1日平均賃金 1,600円
タクシー初乗り 130円
コカコーラ 35円(ビンは返却)
現在の価値とは4~5倍変わっている。

※3 「トリスを飲んでハワイに行こう」
サントリーが1961年「トリスを飲んで、ハワイへ行こう!!」というCMを放送した。
これは、トリスウィスキーを購入すると抽せん券が同封されており、所定のあて先に応募すると、ハワイ旅行の資金(積立預金証書)が100名に贈呈されるというものだった。当時は、まだ一般市民の海外渡航には制約があったため、1964年に海外旅行の自由化とともに実施された。

※4 男女雇用機会均等法
1972年7月1日-「勤労婦人福祉法」が制定・施行される。
女子差別撤廃条約批准のため、1985年の改正により「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」となる。同時に、労働基準法も妊産婦などの育児時間や出産前後の休みの規定など65条以下があわせて改正された。

vol.21 『北欧との出会い』 ②「女の海外取材はNO!」