ニコニコ離婚講座の協力者と離婚制度研究会を作って、民法を改正する運動を進めると共に、国会でも議員として離婚時の財産分割や養育費について女性や子どもに不利にならないよう活動してきました。
今、ようやくサラリーマン家庭なら、二人で築いた財産は1/2ずつに分けること、また子どもの養育費の取り決めを推進するため、離婚届用紙に取り決めの有無を書くこと、そして年金の分割など、少しずつ女性が離婚で経済的に困窮しないよう改善されてきました。でも、未だに離別母子家庭の貧困率(※)は残念ながら57%と高いのが現状です。

離婚講座を主宰した翌年、離婚した人たちのネットワーク「ハンド・イン・ハンドの会」をつくりました。これは離婚に悩む人たちに必要な法律や行政などの情報を提供する講座と違って、離婚後の養育費や面接権、再就職、セクハラ等々の悩みを共有し、知恵を分け合うネットワークです。月1回開いていたのですが、人が集まりすぎてゆっくり話せないというので月2回開いたほど。さらに年2回は子連れ合宿もしていました。

 

合宿では母親たちが再就職や別れた父親や子どもとの関係についての話をしているとき、子どもたちはボランティアのお兄さんお姉さんと遊んだり、調理実習などもやっていました。

 

 

ある年の合宿にAさんとBさんが参加。二人は初対面で、参加者の自己紹介でなんと同じ会社に勤めていることがわかったのですが、その待遇の差に、私も含め参加者は唖然としました。
Aさんは結婚と同時に夫の転勤で大阪へ。10年程専業主婦をしていて離婚。実家のある東京に子どもと戻ってきて、結婚前に勤めていた会社に復職しました。しかし勤務時間は1日8時間だけれど待遇はパート。ボーナス無しで年収100万以下。実家にいるからこそやっていける状況です。かたやBさんも似た年恰好でしたが、彼女は結婚退職も出産退職もせず勤め続けたおかげで、Aさんの4倍近い年収を得ていて、離婚した後も十分子どもを一人で育てていたのです。

AさんもBさんも余り変わらない仕事内容なのに歴然と収入や待遇に差の出る現実に、合宿に参加していた全員からため息がもれました。

あまりに比較しやすい2人のケースに、聞いていた全員が「仕事は続けなきゃいけないよね、若い人たちには絶対私たちみたいに出産で辞めたりするなと言いたい」と。
「でも、私なんて何度嫌味言われたか。出産後も勤め続けるのは保育所の問題以外にも問題が多すぎて、女の気力だけじゃ難しいわ」
そう、家事も育児も妻の役割という考えが一般化していた当時、共働きの妻にはこれ見よがしに『食事をちゃんと作ってやらないと旦那は浮気に走るぞ』とか『かわいそうになあ、君の旦那は。女房がいつまでも働いていて』などと平気で言う人が多かったのです。今ならセクハラ、パワハラですね。

子どもが病気にでもなると保育所に預けることもできず、休むのは大抵妻の方。段々職場で肩身が狭くなってくる。水疱瘡やはしか等伝染性の病気にでもなると、1週間くらい保育所に預けられません。近くに子どもを見てくれる親でもいない限り、例え保育所に入ることができたって、働きながらの子育てってみんなやりくりが大変なんです。さらに夫の転勤でもあるとアウト。子どもが小さい内は大抵妻が仕事を辞めて夫の赴任地についていきました。

「それでやっと子どもも大きくなって再就職したいと思ってもAさんのようにパートしかないんですものね」「そう、フルパートね」
勤務時間はフルタイムと同じ、待遇はパートの悪条件をフルパートと言ったのです。当時はそれでも1989年の株式がピークに達したバブル絶頂期に向かって日本中がひた走っていた頃でしたから、がんばり屋さんの彼女たちは数年後にはパートから正社員になる人たちも随分いたのです。

 

第33回はここまで。
次回4月16日の「女性のライフスタイル」③
「vol.34 再就職時の年齢制限」に続きます。

 

<脚注>
※ 相対的貧困率
経済協力開発機構(OECD)などでは、世帯の所得分布で、上から数えても下から数えても真ん中になる中央値の5割のレベルを基準として、それ以下の人たちの割合を相対的貧困率としている。相対的貧困率は、単純な購買力よりも国内の所得格差に注目する指標であるため、日本など比較的豊かな先進国でも高い割合が示される。

vol.33 『女性のライフスタイル』 ②「再就職は不利なパートばかり」