5月3日の憲法記念日の翌日も、荻窪駅での街宣で96条改正について聞きました。連休後半の中日ということもあって、人は少なめだったのですが、毎日のようにテレビでこの憲法96条の特集をしていたからでしょうか、人々の関心が高く、駆け寄って賛成または反対のシールを貼ってくれます。

若者の新聞購読は減っているようですが、中高年はまだまだテレビやネットだけではなく新聞からも情報を得ているらしく、賛成や反対のシールを貼って意見を言う人たちの読んでいる新聞がおおよそ推測できます。

面白いですよ、新聞によってものすごく傾向が違う。そうそう私円より子は車も持たないし運転もしないし、冷暖房もほとんど使わないという超アナログ人間を自認していたのですが、1月からustreamやyoutubeで円テレビを発信し始めた手前、円テレビとはこういうものよとまわりの人に見せるため、ドコモのミニタブレットを3月から持ち始めたんです。それによって全国の新聞の社説が毎日読めるので、「主権回復の日」や「憲法96条改正」についても、新聞によって傾向がわかるというわけで、もちろん一人で囲碁もやれるし、デジタル人間とまではいかないけれど面白いおもちゃにちょっと夢中になっています。

新聞では朝日新聞(5/4朝刊)に小林節慶応大学教授が「96条から改正」というのは、改憲への「裏口入学」で、邪道だ。と書いています。小林先生には私も以前お話をうかがったことがありますが、「9条改正を訴える改憲論者」です。その小林先生が自分たちの改憲案の中身の説得もできず、日本維新の会を利用して改正手続をまず変えようという自民党の発想は「立憲主義」や「法の支配」を知らなさすぎると切り捨て、「憲法の危機だ」とまで言っています。権力者というのは常に堕落する危険があります。そうですよね、昔から「裸の王様」の寓話もあるし、歴史をひもとけば、権力者の堕落はゴロゴロ。だからこそ、権力者を縛ることや多数者の横暴に歯止めをかけるために「憲法」があるのです。

だから、日本だけでなく、アメリカもドイツもそう簡単に憲法を改正できないよう両議院の総議員の3分の2以上の賛成という要件を課している。アメリカはその上、「州議会の4分の3以上の承認が必要」とより厳しい規定があるそうです。

小林節さんだけではなく、右翼団体「一水会」の鈴木邦男さんや「ゴーマニズム」の著者小林よしのりさんといった人たちもこの96条改正には異議を唱えているから面白い。面白いと言ったら失礼だけど、伊藤真さんのように絶対反対してくれると思っていた人たちと違って、つまり、自民党の改憲に賛成しそうな人たち(と私が思ってるだけかもしれませんが)が理路整然と反対してくれているのです。こういう人たちの前では、自民党の中谷(元防衛庁長官)さんも石破さんも論理が情緒的に見えてくるから不思議です。

それにしても、「日本を、取り戻す」という安倍さんと、彼を熱烈に支える人たちには不気味さを感じるという人は多いようです。

荻窪でも「平和主義、国民主権、基本的人権が壊れていきそうでとても危険な感じがするんです」と声をひそめて言う女性がいた。「どうしてそんな小さな声で?」と聞くと、「だって、大きな声で安倍さんを非難するとやられそうじゃないですか」「公益とか公の秩序が大事だとなると、原発反対ってデモやると捕まるかもしれないんですよね」

うーん、どうなんでしょうねえ。自民党改憲草案では第21条の表現の自由に「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは認められない」という2項を新設していますから、官邸前で毎週金曜日にやっている原発反対デモなんて取り締まれちゃうよという解釈が成り立ちますよね。

誰が公の秩序に反するというか、何を反するものと決めるか、これは権力者ですものね。

日の丸君が代を法制化した時、当時の官房長官野中さんが「絶対、強制なんかしません」と何度も答弁していたけど、法が成立したら学校で君が代斉唱時に起立しなかった教師は処罰されてますよね。

強制などして人々が国家や国旗を本当に愛することができると思っているのかしら。逆効果じゃないかしらと思うのですが、どうも美しい国家、強い国家をとスローガンを唱えて押しつけるのが安倍さんたちはお好きなよう。

3年前に落選して以来、議員じゃないとのんびり暮らせるなあと思う気持ちがなかったわけではありませんが、ここはノホホンとしていられないと思う毎日です。

第41回はここまで。
次回6月11日の「危険な時代⑥」
「vol.42 シベリアから戻った老兵のつぶやき」に続きます。

vol.41 『危険な時代』 ⑤「のほほんとしていたいけど」