赤ちゃんって3カ月くらいまではよく眠っていて、泣いても余り大きな声じゃないんですが、生後4カ月も経つと、まあよく泣く。

家での原稿書きの多いフリーライターとは言っても、インタビューや取材の人も来れば連載の打ちあわせなど、毎日ひっきり無しに来客があります。そのうえ、事務所の形をとっているから、赤ちゃんの泣き声がすると、みんなびっくりするわけです。

もちろんすぐに保育所は探したんです。でも30年前は公立保育所(いわゆる認可保育園)ではゼロ歳児保育はなかったんです。そこで無認可の保育園に申し込んだけれど、それも4カ月待たねばならず、やっと生後5か月からそれも週に3日だけ預かってもらえることになりました。

かわいくてかわいくて、原稿が書けなくなるとずっと赤ちゃんのほっぺや手をさわったり、抱っこしていた私。

仕事のためとはいえ、週に3日でも離れているのが辛くて、その間に必死で原稿を書きあげ、恋人に会う時以上に胸ときめかせて走って迎えに行ったものでした。

この無認可の保育園は、公立に比べると園庭もないし狭いし、ハード面は見劣りするものの、近くの丘に行きどろんこ遊びはさせてくれる、障がい者施設に行き、障がいを持つ人たちと遊ぶなど、型にはまらない自然な教育をしてくれていました。ただ、私の収入では保育料が高いので、1年半後、公立保育園の入園許可が出たのを機に、転園しました。

あれから30年、男女雇用機会均等法もでき、女性が働きながら子育てをするのがあたりまえの時代になったはずなのに、保育所の整備は遅れに遅れ、待機児童問題の解決はほど遠い状況。

産んでも保育所がないから退職せざるをえない人が多いし、産むのをあきらめる人がいる。保育所になんとか入れたとしても、子どもが水ぼうそうやはしかといった伝染病の病気になれば、たいていは母親が休むことになり、職場に迷惑がかかり、肩身の狭い思いをしながら育児をせざるをえない。

私は1979年にニコニコ離婚講座を立ちあげ、母子家庭のネットワーク「ハンド・イン・ハンドの会」(会員は最大時4000人)をつくり、電話相談もしていたので、まわりに母子家庭の人がたくさんいました。そのほとんどがパートタイムの仕事しかなく、ということは1日休めばその日給が減る。だから、子どもが、病気になっても休めないという人が多かった。

保育園って、毎朝、子どもの体温を計り、37℃以上だと預かってもらえないんです。だから子どもを一人で寝かして、昼休みに走って帰って子どもの様子をみて、また仕事に行くってお母さんも多かったし、私だって講演の約束のある日などちょっとした熱だったら「36.7度」って書いて連れて行っちゃいましたね。

それにしても、働かないと食べていけない人たちのこと、国会議員ってわかってないんだなと思いました。

だって彼らのほとんどは、妻は専業主婦で子どもは幼稚園。熱があっても母親の気持ち、病気の子を一人で寝かせて働きに出なきゃいけない辛さをわかる人はいないんじゃないかなと思いました。今は国会議員になってから子どもを産む人もいるし、共働きも少し増えていますけどね。

安倍総理が得意そうな顔で言った「3年抱っこし放題の育児休業」なんて、大企業じゃないと無理だし、そんなに休んだら戻れないし、何より非正規の女性はどうするのって思います。

それより、男性も女性も子育て中は交代で子育てできるように短時間労働でも二人の収入をあわせたら食べていけるよう、同一価値労働同一賃金の雇用の安定が確保できる政策を実現することが必要じゃないでしょうか。

若い人たちが安心して子どもを育てられるよう、正社員のまま子育て中は短時間労働を選べるようにすること。子どもの病気の時など男女共に休める日を小学校卒業くらいまでは年間10日以上と設けることとかね。

もちろん、保育所を早急に増やすことは当然です。良質な保育ママ制度も拡大すべきでしょう。

もうひとつ、住居の問題もありますし、子どもの少ないことを何とかしたいなら、あらゆる面から「子ども」に優しい社会づくりを考えるべきですし、30年前から少子高齢化の諸問題に警鐘を鳴らしていてもちっとも変わらない。それは、「女性が家にいて子育て介護をすれば社会保障費が小さくてすむ」という考えと、「女性が支えて男性が働き経済成長を最優先する」考えが幅をきかせてきたせいだと思います。

そして今、労働力がないから「子を産め」、経済成長には「女性の力を活用」と言われますが、黙って女性が従うと思っているんでしょうかね。

第45回はここまで。
次回7月9日の「危険な時代⑩」
「vol.46 クオータって何?」に続きます。

vol.45 『危険な時代』 ⑨「保育所に入れない!!」