「ひからびるぞ」と警告してくれた友人は続いてこうも言いました。「岸恵子みたいに、熟年恋愛するほうがいいぞ」と。

岸恵子かあ。あの人、知的できれいよね。「わりなき恋」という小説が売れているらしい。彼女のように素敵じゃなくても、70すぎても恋はできると思うと、まだしばらく政治に首つっこんでいてもいいよね。

ところで思い出したのが「卵子凍結保存」の話。10年以上前、長野県諏訪市在住の女傑で私をいつも叱咤激励してくれる樽川通子さんが主宰する「女性議員をふやすネットワーク『しなの』」によばれて講演に行った際だったか、樽川さんの紹介で、あの有名な根津八紘医師と飲む機会があったんです。

根津先生は、子宮をなくした女性のためにその母親を代理母として、子どもの出産を助けるなど、先駆的な生殖医療を実践している方です。

その根津先生が「円さんが子ども一人というのはもったいない」と言われたんです。

「今は仕事に夢中かもしれないけど、そのうち好きな人ができた時に後悔しないよう、卵子を凍結保存しておいたほうがいい。僕のところでできるよ」と卵子の凍結保存を勧められました。

先生は私の年をご存知なかったんじゃないかと思いますが、卵子凍結保存の勧誘には考えこみましたね。

もし、私がその時もう少し若かったら、その誘惑に勝てなかったかもしれないと。

好きな人ができると、やはりその人の子どもがほしくなるのは女の本能かもしれません。でもその時、産めない年になっているかもしれない。

だいたい、生殖能力というのは10代後半から20代がもっとも高いというのは知っていたけれど、それでも自分が30すぎたって、なぜか産める確率が下がるなんてあまり現実的に考えられなかった。

それが33歳で卵巣のう腫ができていることが発覚したとたん、うーん、まったく論理的ではないのですが、やっぱり人間のからだってだんだん産めなくなるのは本当なんだとショックを受け、それは「もう産めないのかも」というあきらめにまで発展してしまったんです。

それが翌年に妊娠がわかり、35歳で子どもを授かった。嬉しかったですねえ。産めないかもと思っていたから、そりゃあ飛びあがるほど嬉しくて、その時もお金はないし、娘の父親は正規の仕事についていないし、借金はあるし、私の仕事もフリーだし…。それでも、そんなこと考えるひまもなく、嬉しくて嬉しくて頑張って働こう―とエネルギーが爆発的に出てきましたものね。

だからもし若かったら、その話乗りますとなったかもしれないと思ったんです。だって、妊娠出産って、人生で最高に素晴しい感動的な事件ですから。

ただ産める時期に「この人」という人に出会えるかどうか、それはわからない。さらに、40すぎて産みたいと思って不妊治療を重ねてもできないケースが多いなら、卵子凍結はいい方法かもと思ったわけです。

この夏、あれから10年も経って、日本生殖学界は健康な独身女性にも、将来の体外受精に備え、卵子を凍結保存することを認めるという指針案をまとめたそうです。

卵子は老化するということが、ようやく女性たち自身も認識しはじめて、若いうちに健康な卵子を保存しておきたいと希望する人が増えていることが、指針の背景にあるようです。

夫婦間での受精卵を凍結保存する手法に比べ、未授精の卵子の凍結保存は技術的に難しいらしいですが、それでも、今は仕事に忙しく、恋人がいない女性などには朗報だと思います。

ただ、指針では40歳以上の女性には推奨できないということで、早めに決断するしかない。ところが、30代半ばくらいまでは、まさか産めなくなるかもなんて、みんな考えないよねえ。この意識と現実のギャップも少子化というか不妊の一因かも。

それともうひとつ。40歳で産めたとして、けっこう子育てがきつい。私は35で産んで大喜びだったけど、4歳5歳の遊び盛りの子とブランコ、滑り台、鬼ごっこと2時間つきあうのはけっこうきつかった。これも、体験して初めてわかること。

とはいえあまり先のこと考えていたら、恋も妊娠もできないから、ケセラセラで卵子の凍結保存しておくのもいいかも。

第52回はここまで。
次回9月10日の「戦い済んで」⑥
「vol.53 成熟社会の幸福とは」に続きます。

vol.52 『戦い済んで』 ⑤「卵子凍結してあげるよ」