「50代以上の人と仕事をしていると、その考え方についていけない」と若い人に言われました。能力があり、企画力も営業力もある30そこそこの女性です。

「どういう点が」と聞くと、「そうですねえ、たとえば社員がからだを壊しそうでも、仕事の納期のほうを優先するとか」

小さい会社だから代替の人間がいないとか、まあ、いろいろ理由はあるにせよ、資本主義社会だから納期優先は50代以上じゃなくても仕方ないと思うけど考えさせられましたねえ。

高度経済成長期の、いわゆる右肩上がりの時代、頑張れば頑張るほどお給料も上がるし、経済成長率も上がっていった。妻の出産に立ちあう男性は変人と思われてたし、マイホームパパや今大モテのイクメンも当時なら蔑称だったでしょうね。イクメンという言葉はなかったけど、東京のある市役所の男性職員が育児休暇を取るといったら大騒ぎになった時代でした。そして「親の死に目にも会えない」くらい忙しく働いていることが、男性の美学だったんです!! 当時、離婚が増加していて、私は「男性よ、家に帰ろう」と「妻たちの静かな反乱」、「夫、あぶない」などの著作を通して、働きすぎに警告を鳴らしたものです。

今、非正規社員や生活保護受給者が増えています。生活保護受給者がパチンコに行ったりしていないか市民が監視するような条例ができたり、ヘイトスピーチが平然と行われたりするなど、国民の間が分断されている。からだを壊すまで働かせるブラック企業も多いし豊かな社会とはいえませんよねぇ。

だからでしょうか。もう一度、あの高度成長の時代を懐かしむかのように、国土強靭化と称して公共事業をバンバンやり、円安にして株をあげ、企業を潤す。経済力と富こそすべての価値観がまた世の趨勢となりそうです。

その成長のために「女性の活用」がそ上にあがってきたようですが、ここでそんな戦略にのってもろくなことはない。そう思いませんか。

エコノミックアニマルとして、家庭も個人の生活も省みず働いたおかげで、確かに、「フローはあるが、ストックがない」といわれていた我が国も、交通網の充実など、生活インフラのレベルは高くなり、世界最大規模になっています。

成熟した社会といっても過言ではありません。

ただ、それはハード面だけ。

前回、将来好きな人ができて子どもがほしいと思う時に備えて、若い時の元気な卵子を凍結保存しておくのもいいけどなんて書いたけど、今現在好きな人がいて子どもがほしいと思っても、避妊したり、中絶している人が多くいる。

それは、二人とも非正規の仕事しかなくてアパートの家賃は高いし狭いし、非正規だから育児休業もないし、保育所は入所できるかどうかわからない―そんな状況じゃ誰だって不安で子どもなんて産めない。

これが成熟した社会かしら。交通網は確かに充実してる。でも、赤ちゃんをバギーに乗せたママが電車に乗るのは大変。子どもを乗せて自転車で買物に行くにも、自転車道はない。

女性の活用は大事でしょう。でも、活用って言葉は成長のために、道具のように女性を使うニュアンスがあって嫌じゃない?

本当に女性に働きながら子育ても楽しんでもらいたいという発想があるなら、仕事を分ちあって下さい。そう、正社員の人は仕事量と時間と給与を減らす。そうすれば子育て中の非正規の人も時間が短くてもまともな収入と待遇で働けるというもの。

そういう「シェア」(分かちあい)の価値観を持てば、車椅子の人やバギーを押す人をそばにいる人が助ける。つまり杉並にあらわれる「おろすんジャーさん」に誰もがなる。そういう支えあい、分ちあえる社会をつくることがこれからは大事ではないか。

それには違いを容認し、包容する力が大切です。これからは多様性と包摂性の時代といってもいいでしょう。

そのことと、どうも安倍政権は対立する気がしてなりません。若い人たちが、50代以上の働き方に違和感を持つのはいいこと。ぜひとも多様性と包摂性の旗をかかげて、成長を追い求めるのではなく、人々の幸福を実現できる社会の枠組を追求してほしいものです。

第53回はここまで。
次回9月17日の「戦い済んで」⑥
「vol.54 イースター島って知ってる?」に続きます。

vol.53 『戦い済んで』 ⑥「成熟社会の幸福とは」