NHKの籾井会長問題はもみ消されちゃったみたいで、NHKを見るのやめようかと思ったけれど、「ごちそうさん」しっかり見ちゃいました。

め以子の夫、悠太郎が満州に行ったまま、終戦後2年経っても帰ってこない。これはシベリアに抑留されたんだ。そう思って見ていた私。悠太郎といえば空襲から逃げず命を捨てても消火を優先すべきと説いた「防空法」(※1)に逆らって「とにかく逃げろ」と言って、「戦時刑事特別法」(※2)に照らしてだと思うけど逮捕までされた。つまりこのシナリオはけっこう戦時体制に批判的だったからシベリアのこともきっと出てくると私は期待したのです。

でも残念ながら、一言もそれは出てこず、栄養の行き渡った顔をした悠太郎が豚を抱いて帰ってきた。

1945年8月15日の終戦のあと、8月23日にソ連のスターリンは秘密指令を出し、武装解除した軍人、民間人ら満州にいた人たちを帰国させると偽ってシベリアの地に連行したのです。

そこは酷寒の地で、ろくな食物も与えられず強制労働をさせられた多くの人々が餓死・凍死したこと残念ながらあまり知られていません。

このソ連の行為は「武装解除した日本兵の家庭への復帰」を保証したポツダム宣言(※3)とレーニン(※4)にも背くものでした。

1993年10月、ロシアのエリツィン大統領が来日し、細川護熙総理と会いましたが、この時「非人間的な行為に対して謝罪の意を表する」と表明したのです。

この時、私は7月に繰り上げ当選したばかりの一年生議員。細川さんがアジアに対して先の大戦を侵略戦争だったと歴代総理として初めて表明したときと同じように感動を覚えたものでした。

それはさておき、シベリアに抑留されたとしか思えない悠太郎が骨と皮になって帰ってきても不思議ではなく、次男を失くしアメリカを憎んでいため以子ならソ連に対しても一言あってよかったのに・・・・・・と、まあ、脚本に色々言っても「うるさい」と言われるだけかも。ハイ、すみません。

ただね、シベリア抑留のことも、原爆のことも、東京大空襲のことも、沖縄のことも、私たちは戦後に生まれたからといって決して忘れてはいけないと思うものだから。

もちろん、アンネやユダヤの人々のことも。それは、未だに内乱や紛争で苦しみ命を失っている人々の多いことに心を配り、それらをなくすために闘う術を探すことになると思うからです。

第72回はここまで。
次回は4月8日に。

<脚注>
※1 防空法
1937年4月5日に制定された、「都市からの退去を禁止する」「空襲のときは逃げずに消火をせよ」という法律。違反者には六月以下の懲役か、五百円以下の罰金(教員の初任給五十五円の約九カ月分)が科せられた。

※2 戦時刑事特別法
太平洋戦争下における臨時治安立法。戦時体制における臨時の刑罰の規定追加や厳罰化と刑事裁判の迅速化に関する条項が置かれた。灯火管制中や敵襲の危険のある場合などの放火・強姦・強窃盗,国政変乱目的の殺人,防空公務員に対する公務執行妨害などの刑を加重し,生活必需品の買占め・売惜みなどの罪を設け,訴訟手続にも特例を定めた。

※3 ポツダム宣言
1945年(昭和20年)7月26日、ポツダムで、米・英・中(のちにソ連も参加)が発した対日共同宣言。日本に降伏を勧告し、戦後の対日処理方針を表明したもの。軍国主義の除去・領土の限定・武装解除・戦争犯罪人の処罰・日本の民主化・連合国による占領などを規定。日本政府ははじめ拒否したが、原子爆弾の投下、ソ連の参戦を経て8月14日これを受諾した。

※4 レーニン
ロシアの革命家・政治家。ロシア革命の指導者。職業的革命家による前衛党組織を唱えボルシェビキを指導,労農同盟,戦争の内乱への転化,プロレタリア革命を主張。十一月革命を指揮しソビエト政府を樹立,首班となる。戦時共産主義・ネップを推進,プロレタリア独裁を指導,第三インターナショナルを創設し国際共産主義運動に多大な影響を与えた。

vol.72 「『ごちそうさん』の悠太郎さん、シベリアへ行ってたのかと思ったけど―」