再婚が増えている。人生が長くなったことが影響しているのだろう。

かつては妻に死別した男性が初婚の女性と再婚するというケースが多かったが、最近は男女共に再婚同士というカップルが増えている。

「女は二夫にまみえず」なんて言葉が死語になった証拠だろう。えっ、そんな言葉聞いたことがないって??

そうかもねえ。この半世紀の男女の逆転ぶりとでもいうのか、女性が強くなり草食男子が増えているのをみても、二夫ってなんだって感じになっているもの。

女性にだけ押し付けられていた貞操観念から解き放たれ、のびのびと人生を謳歌できる時代になったのは、とても喜ばしいことだと思う。

ところが、案外、自分のからだについての知識は欠けていて、生殖に適した年齢とか性病というものには全く感度がなかったりする若い女性が多いからなかなか大変だ。

妊娠に対する知識というか、知識はあっても、避妊は100%完全にはできないから、妊娠したくない時に妊娠してしまうことはままあるわけで、中絶を選ばざるをえなかったり、できちゃった婚になったりする。

産みたい時にはからだの生殖能力が衰えていたり、産めない時に妊娠してしまったり、なかなか自分のからだでありながらコントロールはできない。やはり人間は大きな自然の中で神様に生かされているのかしらと思ったりする。

できちゃった婚で10代や、20代の前半で結婚し、もちろんうまくいっているカップルも多いが、けなげに頑張っていても、経済的な理由などで破綻に至るケースもある。

しかし大抵は若くて魅力的だから、すぐ次の人が見つかり再婚ということになる。当然子連れ再婚である。

一昔前は、母親が再婚するときは祖父母のもとに子どもが預けられたり、そもそも片親では不憫で世間を渡りにくいということで親の死別・離別時に祖父母の養子にするケースも多かった。

今はしっかり再婚の条件として子どもを愛してくれる男を選ぶ女性が増えている。残念ながらそういうケースばかりでないから、再婚相手や同棲相手が連れ子を虐待するケースもあるのだが、子連れ再婚の多くはうまくいっているから、偏見の目で見ないようにしたい。

血のつながりがなくても、うまくいってるケースのキーワードは何だろう。

いくつかのケースを見てみよう。

5歳年上の女性と3年前に結婚したAさん、30歳。4歳の息子がいる。二人は共働きなので、二人でやりくりしながら保育園の送り迎えをしている。

ある時、息子を迎えに行ったAさんは、いつもは嬉しさを全身にただよわせて走って抱きついてくるのに、保母さんからなかなか離れない息子に「おやっ」と思った。息子が一番喜ぶ肩車をしてやったが、からだが変に硬直している。

「○○ちゃん、どうした?パパに言ってごらん。いつもと違うなあ、どこか痛いのかなあ、パパ心配だな」
黙っていた息子が思いきって口を開いた。
「パパはボクのパパじゃないの?」

ついに来たとAさんは思った。息子がいくつになったら本当のことを話すべきか――Aさんは妻と話しあっていたのだ。誰か他の人間から情報が入らないうちにと考えていたのだが・・・。

「パパはね、ママと出会って、ママをものすごく好きになった。一生ママと一緒に暮らしたいと思った。その時○○ちゃんはまだやっとよちよち歩きを始めたばかりでね、パパは○○ちゃんのことも大好きになって、○○ちゃんのパパになってママと3人で暮らせたらどんなにいいかと考えた。そうしたらママが○○ちゃんのパパになってもいいよと言ってくれたんだよ。だからずーっとパパでいていいかな」

肩車している息子のこわばっているからだがすーっと柔らかくなっていくのがわかった。息子の両手がAさんの頭を抱え「うん、パパいいよ」とささやいた。

ついこの間、飯田橋の名画座ギンレイホールで「もうひとりの息子」を観た。ずっと観たいと思っていたのに忙しさにまぎれて観逃していた映画だ。

兵役検査で実の親子でないとわかったのはテルアビブに住むイスラエル側の家族。出生した病院でとり違えられた青年の家族が暮らすのはヨルダン川西岸地区。イスラエル軍とパレスチナ自治政府によって占領され、現在はイスラエル軍とパレスチナ自治政府によって統治されている。

言語・文化・宗教が違うだけでなく、敵対しているユダヤ人とアラブ人とのとり違えは、血のつながり以上の複雑な要因を当の二人の青年だけでなく家族に与える。彼らの苦悩のひとつひとつが見る者の胸に迫り、自分がこの父親だったら、この母の立場だったら、このとり違えられた子どもだったらどうするだろうと考えてしまう。

最後のほうでユダヤ側の父親が息子に言う。
「ずっとお前は私の大事なかわいい息子であることに変りない」と。

そう。血がつながっていなくても育ていつくしんだ歳月、たくさんの父と子、母と子としての時間、思い出。それが緊密な関係性をつくり、親と子になっていくのだ。

だからこそ血のつながっている子との間にそうした年月を持てなかったことは取り返しのつかない辛いことなのだ。でも親子といっても血のつながりだけではないのだから、里子や養子などの制度がもっと広がってもいいように思うのだが・・・。

第78回はここまで。
次回は5月20日に。

vol.78 『子どもを育てるということ』⑤ 「血のつながりだけが親子?」