30年前、渋谷区の区立保育園にはゼロ歳児の保育がありませんでした。

娘を預けないと仕事ができない。さあ困った。必死に探して見つかったのは無認可の太陽村。おひさまと泥んこ遊びを大事にする保育で、妊娠中から診ていただいていた小児科医の毛利子来先生の奥さまがやってらしたんです。

庭もないし狭い部屋だし区立の認可保育園と違って環境は決してよくありません。でもそれを補うプログラムの数々。たとえば 近くに日本社会事業大学がありましたが、その裏は手付かずの広い小山があり、春は桜が美しく、つくしやふきのとうも摘める。毎日子どもたちは泥んこ遊びに夢中。運動会のパン食い競争も懐かしい。原宿の駅のそばにあんな空間があったなんて今では考えられませんね。

区の障害者福祉センターも毎週お邪魔する場所で、障害を持つ人たちと当たり前に接することは子どもたちの生活を豊かにしたと思います。この保育園を1年4か月でやめたのは区立に入れたからです。

ところが、大問題発生。当時、「シンデレラコンプレックス」や「ピーターパンシンドローム」といったベストセラーで有名だった精神科医の小此木啓吾先生と共著の準備で毎週お会いしていたのですが、先生は保育園を替わるのは反対とおっしゃる。それは1歳というのは種からやっと芽がでて、苗になったところで、それを抜いて他に移すのは良くないと。

精神科の大先生のお言葉。悩みました。でも背に腹は代えられない。ニコニコ離婚講座というボランティアの仕事をやっていた私は収入が減っただけでなく、それを講座や電話相談に注ぎ込んでいたので、高い保育料に四苦八苦していたのです。私の収入に見合った区の保育料は魅力だったのです。

もちろん子どもの数によって割り当てられていた国の保育士の配置数(※1)より、そして東京都よりずっと保育士が多いというお金持ちの渋谷区のゆとりある保育と広い部屋や立派な設備にも十分惹かれていたのです。

あれから30年。働く女性は増え続けているにも関わらず、未だに子育て支援対策は後手にまわりつづけ、待機児童は激増。保育所に預けられず、仕事をやめざるを得ない人も多い。最近は夫婦共に非正規で収入が少なく、やめると食べていけないケースも増えています。

子育て中の柔軟な働き方、いったんやめても再就職しやすいようにする、男性の長時間労働を見直す、子どもの時から男女とも料理や育児などになれておく等々、住宅、交通、雇用の問題も含め、さまざまに子育てに優しい社会めざして、本を書き、テレビ・ラジオで訴え、議員になってからは政策造りに励んだものの、悔しいことに世の中あまり変わってない。

少子化が大変といっても、労働力が不足するとか経済や国力のことしか考えず、子育てをやったことのない男たちや、保育園に入れた幸運な人だって子どもが病気になったらどんなに苦労してるかなんて想像もできないおじさんたちが政治の世界や経済界を牛耳ってるのが元凶のような気がします。みなさん、投票でこんな社会を変えましょうよ!

第80回はここまで。
次回の更新は未定です。

<脚注>
※1 国の保育士の配置数
保育園では保育士の配置基準が「児童福祉施設最低基準」によって定められている。0歳児は保育士1人につき子ども3人、1、2歳児は保育士1人につき子ども6人、3歳児は保育士1人につき子ども20人、4、5歳児は保育士1人につき子ども30人としている。

vol.80 『子どもを育てるということ』⑦ 「いつになったら待機児童問題、解決するの?」