アメリカの大統領選を見ていると女性差別が歴然とあることに暗たんとしてしまいます。
日本でも、まだまだ政治の世界に女性は少ない。そのさきがけの一人だった市川房枝さんの跡を継いで、
日本婦人有権者同盟の会長などを歴任し1989年から参議院議員として活動した紀平悌子さん。
昨年7月、逝去されたが、この写真にある紀平さんが身につけておられたスカーフ3種とブローチをご子息
の太郎さんが形見分けとして数日前、送ってくださった。

私が参議員議員になったのは1993年7月で、紀平さんとは2年ほど同じ国会で活動したことになる。
右も左もわからず、「国会って不思議な国だわ」と思っていた私をびしびし厳しく導いて下さった。
当時、国会の外には加藤シヅエさん、相馬雪香さん、三木睦子さんがいらして、何かと私にアドバイスをして
下さっていたが、紀平さんは現職のせいもあり、一番厳しく、またその都度困った時に正確なアドバイスを
下さった。三島由紀夫が恋焦がれた麗人にして才媛というイメージより、やっぱり市川房枝さんの志を継い
でいる人という印象の強い紀平さんは「より子さん、あなたは細川さんを尊敬しているみたいだけど、あの人
はやっぱりお殿様じゃない?うちは同じ熊本だけど、もののふだから」とおっしゃったことがある。リベラルな
紀平さんの筋の通った一面は確かに佐々家の子孫というもののふのDNAかもしれない。

弟の佐々敦行さんは「円さんね、姉の紀平は今じゃ非暴力を唱えているけど、こどもの時は僕より腕力が
あってね、僕なんて被害者だったんだよ」といたずらっ子のような目をして笑われたことがある。私には
思想信条の違う姉弟のように見えたが、とても仲の良いご姉弟だった。

紀平さんとは晩年の10年くらい、よくお会いしたが、「女性のための政治スクール」を超党派で、スポンサーも
なしにずっと1993年から地道に続け100人近い議員を出していることを高く評価して下さっていた。そして、
市川さんから引き継いだ婦人有権者同盟が会員が減り、高齢化していくことを憂えて、何度か「より子さん、
あなたが跡を継いでくれたらどんなにいいか」とおっしゃられたことがある。忙しさにかまけて、というより、とても
そんな力はないと思い、紀平さんのその願いにまともに向きあわなかったのを今でも申し訳なく思っている。

そんな私に大事なものを形見として送ってくださったご子息。

11月19日の立憲主義を守るための「みんなと憲法」の船出の日には、紀平さんの志を継げるよう、彼女の
スカーフとブローチを身にまとって話をしようと考えている。

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紀平悌子さんの形見