知り合いの前都議たちから悲鳴にも似た訴えが次々届いている。

さもありなん、6月23日告示の都議選は目の前だが、小池さん率いる都民ファーストが席捲しそうだからだ。しっかり仕事をしてきた人たちがはじきとばされ、新人ばかりが都議会に陣取って大丈夫なのかという声もあるが、小池都知事の手腕は見事でもある。ところがここにきて、どこからか指示でも出たのか、ちょっとメディアのとりあげ方が変わってきた。小池さん、うまく逃げ切れるか。

実は小池さんと私は1992年5月に細川護熙さんが日本新党を立ち上げた時の結党の同志である。私はこの25年、細川さんと常に行動を共にし、小池さんは小沢一郎さん、そして自民党へと移っていったことで、その対比の面白さから冗談めいて「ゆりことよりこ」の本を書こうという話もある。

1992年夏の参院選で当選した小池さんは翌年の都議選で選対本部長として、一気に20人の都議を誕生させた。この時、私は都の政策づくりに奔走し、都庁で日本新党の政策発表の記者会見をしている。この都議選の勢いを買って宮沢総理の解散総選挙では、日本新党は0から35人を当選させた。この時の選対本部長は私で公募に応募してきた枝野幸男氏の演説の練習に立ち会ったりもしたし(彼はとても偉くなって、今では演説はピカ一だけど)、全国の候補者の応援に駆けまわった。

この衆院選のまっただ中に、私は繰り上げ当選で参院議員となった。当時の衆院比例区は党が比例順位を決めていて、小池さんは2位、私は7位だった。

彼女には細川さんの朝日新聞の先輩が後盾にいて「彼女なら100万票はとれるぞ」と売り込んでくれたらしい。残念ながら私には100万票とれると言ってくれる後盾もなく、順位は7位で落選。しかし、翌年の衆院選に細川さんと小池さんが衆院に鞍替えしたことで、私は参院で繰り上げ当選となった。当時38年も続いた自民党を倒すつもりで、私財を投げうって日本新党を作った細川さんの心意気に心酔していた私は、細川さんの偉業ばかりに目を奪われていたが、考えてみれば、この当時から小池さんの思い切りの良さというか勝負する姿勢というのは「天晴れ」という言葉がぴったりだった。

それはともかく、今月の月刊文藝春秋に、細川さんが「少子化は恐くない―江戸時代に戻れ」という論文を寄稿している。この論文の後段で細川さんは小池さんにエールを送っているのだ。

細川さんは「江戸時代に~」というのは、経済成長至上主義のアベノミクスに苦言を呈し、質と実を重んじる社会へ転換すべきと提言しているのだが、1992年の日本新党結党時から「質実国家」こそ、人々に豊かな暮らしをもたらし、子どもを安心して産み育てることができる社会だと私たちは確信して「地方主権」と「生活者主権」を訴えてきた。

猪瀬都知事の辞任で、細川さんをかついで都知事選を闘ったのも、原発ゼロもさることながら、この「質実国家」を目指したからだ。

さて、江戸時代の政策に学べと書いた細川さんだが、民進党にカツを入れることも忘れず、小池さんにも言及している。

細川さんは「彼女は党は変わっても、志は20数年前のままであり」民進党は小池さんに学ぶべきだと言い、再び今の自民一強体制にくさびを打ち込む活躍を期待したいとエールを送っている。

ジャーナリズムと政治の世界の裏をよく知っているジャーナリストの話では、文藝春秋に論文が載る時は必ず仕掛けている人間(又はチーム)がいるという。

つまり、一強多弱の政界で、おごりの目立つ安倍政権の次を考えている人たちがいるということではないかと彼らは解く。国会での安倍さんの答弁を聞いていると「嘘ばっかり、もううんざり」という人が少なくない。高いと思っている支持率の影で思いもかけない、どんでん返しが待っているかもしれない。

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2014年都知事選の際に。

日本新党ポスター

細川元総理が小池百合子さんにエール?